Streamという選択

 自家用車を所有していない人でも、きっと理解できる感覚だと思う。街を歩いていて、車を運転していて、自分が所有しているのと同じ車種を見かけると、何と言うか、変に親近感を覚えるのね。もちろん、ドライバーの顔なんか見えないし、分からない。どんな人間なのか、会った事も話した事もないんだから分からない。でもね、二人はきっと良い友達になれる。そんな風に勝手に思ってしまうことって、ない?

 自宅からクリーニング屋へ向かう途中にアパートがあってね。そこの前に駐車場があるんだけど、いつも停まっていたんだ、INTEGRA Type-Rが。我が家のと同じチャンピオンシップホワイトの車体なれど、シートもホイールも純正のとは違えてあって。でも例に漏れず、「どんな人がオーナーなのかなぁ」なんて思ってたりして。クリーニング屋へ向かう途中、クリーニング屋から戻る途中、眺めながら思いをめぐらし、勝手な親近感を覚えながら、通り過ぎていたんだ。

 そして事件は、俺たちが車の買い替えをほぼ決めた頃に起こった。

 夕暮れ時、いつものように(いや、それほど『いつも』ではないけれど)、タカに頼まれた衣類をクリーニング屋へ運ぶ。いつも通りだけど、いつもよりちょっとばかし量が多い。右手がしびれては左手に、左手がしびれては右手に、持ち替えつつクリーニング屋へと向かった。
 衣類を預け終えた帰り道。ふと、見知らぬ車が目に飛び込んだ。行きは荷物に気をとられて気が付かなかったんだけど、この道は頻繁に通るというのに、これまではこんな車見たことがない。
 「・・・・・・?」
 「こんな車見たことない」というのは、「この車がここに停まっているのを見たことがない」という意味ではなく、そのまま「この車種を知らない」という意味だ。
 一見して、車種が分からなかった。
 漆黒のボディに、アーモンド形のヘッドライト。エアロパーツが地面に擦りそうなほどリフトダウンされ、ルーフラインが綺麗な流線を描く。おそらく「ミニバン」。俺はこの車を知らないと思った。しかし、知っているような気もする。どこかで見たことあるんだ、どこかで・・・・・・。
 「あ。」
 答えはすぐに出た。良く見れば、エアロパーツに「Modulo」の文字が刻まれていたから。
 「これ、Streamだ・・・・・・。」
 なかなかStreamと分からなかったのは、辺りが暗くて、ヘッドライトフィニッシャーを装着しているのに気付かなかったからだ。車の印象は、「顔」で決まると言って良い。ともすれば「ダサい(死語)」Streamの顔が、たったこれだけ(まぁ、値段は結構張ると思うが)のパーツで一新、(ライトの明るさと引き換えにね)やたらとかっこいい顔に生まれ変わるとは。目から鱗が落ちた。

 しかし、ちょっと待て。
 ここって、あのType-Rが停まってた場所じゃないか?

 そう思って、辺りを見回す。間違いない、そこには確かに、チャンピオンシップホワイトのType-Rが停まっていたはずだ。
 しかしまさか。そんなばかな。あまりにもできすぎた話に後ずさりしながら、誰か友人が遊びにきているとか、実はあのType-Rのオーナーは引っ越してしまったんじゃないかとか、いろいろ考えてみたんだけど。
 フロントガラス下の銀色のサンシェードが。あの、Type-Rのフロントにあったのと同じサンシェードが。「彼」が「買い替えた」ことを告げていた。

 なんという偶然だろう。なんという巡り合わせだろう。ごくごく近所に住む同じ車種を所有していた二人が、ほぼ同時期に、これまた同じ車種へ乗り換えるなんて。
 帰宅した俺は、早速タカに報告した。それはもう、嬉々として。

 翌日。駅へ向かう俺たちは、わざわざいつもとは違う道を通った。もちろん、あのStreamの存在をもう一度確認する為だ。そしてそれは、やっぱりそこにあった。
 タカは言った。
 「なんかあれだね、お友達になりたいね。」
 「馬鹿言ってんじゃねーよ。んなことできるわけないだろ。」
 そう答えながらも、俺は考えていた。彼はどうして車を乗り換えることになったのだろう。きっとうちと同じように、子供が産まれたに違いない。そうに違いない。買い替えを決断した時はどんな気分だったのか、車が引き取られていくのをどんな気持ちで見送ったのか。会ってみたい、そして話してみたい。
 そんな風に、一人で勝手に考えながら、これまた勝手に幸せな気分になっていた。「彼」が「彼」かどうかも分からないというのに。