Quoted from nikkansports.com / 中学男子が教諭の体罰で網膜はく離 栃木県小山市の市立中学校で、野球部監督の男性教諭(36)から部活動中に体罰を受けた2年の男子生徒(14)が、左目網膜剥離(はくり)と診断され、手術を受けていたことが、小山市教育委員会の調べで7日までに分かった。
俺が中学で入ってたバレーボール部は、体罰なんて当たり前の世界だった。
毎日誰かが何発も、顧問の先生から平手打ちを食らっていた。竹刀で太ももをや脳天を叩かれたこともあるし、校庭でバレーボールでサッカーして遊んでた(その頃のバレーボールのルールでは足でボールに触れることは反則だったので、バレー部内では足でバレーボールを扱うことが禁じられていた)時にはシューズで顔面ひっぱたかれた。二日間、ほっぺから靴底の跡が消えなかった。
叩かれて鼓膜が破れた同級生もいた。幸い、軽症だったので聴力は回復したけれど。原因は、「よけた」から。うちの顧問の先生は比較的叩くのが上手かった気がする(んなもん自慢にはならんだろうが)。
しかし鼓膜が破れた彼は、それでも退部はしなかった。辞めていくのはだいたい、真面目にスポーツやる気が無い根性無しか、試合に出られなくて腐ってしまったへたれどもばかりだった。
他の学校では、失明した生徒もいたらしい。それで顧問の先生は教職免許を取り上げられたらしい。その後、その先生は高校の教諭になった。不思議なことに、クビになった中学から、かつての教え子がその高校へ集まった。
いや、すべての体罰を肯定する気は無い。要は「度」の問題。行き過ぎた体罰はいけない。しかし、ある程度の体罰はあっても良いと思う。
こんなことはもしかすると、体罰を受けながらもこうして今でもピンピンしている者だから言える事なのかもしれない。
しかしその辺をふまえても、ここ数年の「体罰」に対するヒステリックな世間の反応は、ちょっとどうかと思う。体罰はすべてダメなのか。生徒に殴られたら殴り返してはいけないのか。そんなことで、先生が生徒になめられはしないか。
前述の、鼓膜が破れても、同級生が失明しても、その先生について行く生徒がいたのはどうしてだと思いますか?
まぁ、自分の息子がこんな目にあったら、その教師ただじゃ済ましませんがね。(笑)
虎谷 八語楼
私は、貴氏の様な体育会系の体制には順応できませんでした。
運動部の監督の方が望むべく生徒は、元々、暴れてみたい気質で、それをここは恐ろしいと体罰により抑えられると聞きました。
管理人
おお、まるで運動部を不良の巣窟呼ばわりですかな。
別に無理して順応することはないでしょう。
自分に合ったものを探せば良いだけじゃないでしょか。
虎谷 八語楼
御回答誠に有難うございました。
私の云っている事が誤解を招いた様で申し訳ありませんでした。
もう少し、この辺りの事を詳しく述べさせて戴きます。
未成年に対する刑罰は日本では甘いのが現状であります。
それに代わる者として近年まで体罰の様なものがあったのでしょう。
先程の文章は本当に申し訳ありませんでした。
唯、私は理不尽な体罰は嫌いだったのでありますが、
私の同級生にも体罰により(大した理由でなく、忘れ物、等)この先生は恐ろしいと思い、自己を抑え、
又、その恐ろしい先生が思想的押し付けや贔屓にも
「俺が悪い」と云って従い、反面後輩や大人しい同級生を適当にいじめて、でも怖い先生の体制があるので、
度を越えることなく纏まると云う事だったと思います。
大半の中学生の心理はこうなのでしょうか。
又、学級崩壊を招いたのは私のような者がいたからなのでしょうか。
管理人
どうして4回も連続で同じ内容が投稿されてるんでしょうか……(先の3つは消しましたが)。
昨日のコメントもそうでしたし。
MTのバグなのかなぁ。
さて、ご意見としては結局、「私は理不尽な体罰は嫌いだったけれど、自己を抑えられない者にはある程度の体罰は有効かもしれない」ということで良いでしょうか。
僕の体罰に対する意見も、「有効かもしれない」程度だと思ってください。
確かに僕は、バリバリの体育会系で育ってきましたし、体罰を受け入れてはいましたけど、必ずしもあの環境が万人に対してベストだったかというとそうは思っていません。
ただ、あまりにも世間が体罰というものに過敏になり過ぎているような気がして、そのうち「こいつ〜」とかいって、ふざけて生徒の頭を小突いただけでも体罰教師呼ばわりされるような世の中になりそうだと憂いているだけです。
まずは大人が子供の手本になること。
手本を見せても、それでも分からない場合には、ある程度の体罰も仕方ないのではと。
ただ、その「ある程度」っていうのがどれくらいなのかが非常に難しいところだとは思います。
虎谷 八語楼
元々、意味も無いけれど暴れてみたいと云う思いがあるのが中学生と云う世代なのでしょうか。
私自身はこの様な思いはありませんでしたので、
理不尽な事で体罰がある事が嫌いだったのですが。
虎谷 八語楼
途中で切れてしまってすいませんでした。
私の前述の同級生の話をさせて戴きます。
彼は、父親が屈強で恐ろしくて、日常的に家でも
体罰を受けておりました。
故に、強い者、適わない者には何をされても腹が
たたなかったそうです。しかし、弱い者には理由が
無いけれど苛めてみたいと云う思いがあったそうです。
競争社会で見ると、この様な生き方が相応しいのでしょうか。
又、人を押しのけて勝つのが好ましいが、一番の支配者に成るといけないので、適わない支配者(戦前の軍隊
、今の北朝鮮の国家主席等)を置いて、それには逆らえないでも、NO2には成れる、この様な者の方が良いのでしょうか。
管理人
なんか話がかみ合ってないですね。
誰も「この様な生き方」や「この様な者」が良いなんて言ってないと思うのですが。
生き方なんて人それぞれだと思いますがね。
福
私も栃木県に住む中学生です。
高根沢の学校に通っています。
私はあまり真面目な生徒ではなく
確かにはみ出している部分はありました。
髪を染めピアスをあけ授業も出ず今は学校には行っていません。
全てをその先生のせいにするつもりはないのですが
私がまだ普通の生徒と同じ生活をしていた時
社会の授業中、先生は私を集中的に中傷してきました。
私も反抗的な態度を取ってしまい、きっと先生は
私のことを気に入らなかったのでしょう。
社会のテストの点数が悪かったのに私のクラスの生徒に
私が100点を取ったと先生が流していました。
私のクラスだけならまだしも先生は担当のクラス全てに
言いふらし、当分は肩身の狭い思いをしました。
立志式の予行練習の時、スカートも長く靴下も標準のものを
はいていきました。なのに社会担当の先生は足をみるなり
大根と笑いながら馬鹿にしてきて気にしていただけに
立志式は欠席しました。それからは他にも沢山あり
社会の授業にも出ずに保健室で過ごすようになり
他の授業もさぼるようになりました。
そして三学期。授業中廊下を通ると社会の授業をしていました。
先生はこちらをにらみ声もかけません。
頭に来た私は教室の壁を殴って保健室に行きました。
そして授業も終わり、保健室に先生が着ました。
私も確かに悪かったけど、先生にも非がある。
それなのに一方的に攻めてきて反抗的な態度をとった
私の髪をひっぱりました。そして水道に頭をつっこまれ…
そこまでされたのに担任には自分のしたことをひとつも
つげず私のしたことだけをつげ、昼休み担任によばれました。
社会の先生には学校くんなと吐き捨てられ
今は学校を休んでいます。
確かに憎まれても仕方ない格好・態度はしていますが
先生にも非があり、元はといえば先生がきっかけです。
こんな卑怯な先生達がいて許されるのでしょうか?
あの先生は私が休んでいる間も何事も無かったように
授業をしています。
虎八
中学生や高校生の不良の心理は
普通の教師が席に座れと云ったり、
宿題の提出の有無を聞いたりするだけで
暴れる生徒も居たし、
酷いのになると、「理由は無い、だけどイライラする」
「あの教師を見ていると何か腹が立つ」等と云って暴れる者も居た、
彼等は体罰を否定しない、自分達も物事の善悪よりも、強弱でしか
判断できないから、私も彼等のような心理だったら、体罰の問題なども
おこらなかったのですね。
不良は怖い教師の力で始めて枠に入り、それが無くなると無法状態に成る。
怖い教師は「叱ってくれる有難い人」、自分よりも強く、叶わない人間なら、
理不尽な暴言や体罰も受け容れていた、
確かにこの様な教師は必要だと思いますが、
部活動等に成ると、怖い教師に絶対服従し、
適度に弱い者苛め(後輩、同級生、普通の教師)を行う、
この様な生徒の方が好まれる傾向に有ります。
私は学校の為と思い受け容れるべきだったのでしょうか?
この様な組織でしかやっていけない者も居るので、
有る程度は必要かと思いますが、
私自身、怖い教師でも普通の教師でも基本的な事は従う、
しかし、これ以上は従えないこの様な感覚でした。
しかし、戸塚宏氏や高校野球の強豪校の監督や大学の運動部等の人間関係に
於いては、私の様な感覚は問題児扱いされます。
私は体罰完全悪とも人権をスローガンとする人間でも有りませんが、
理不尽な体罰は可笑しくなります。しかし、それで、無法状態に成る人間も
居ります。彼等の様な心理ならば良かったのでしょうか